story#001  Some Beautiful Paths

「私の本当にやりたいことって何だろう?
いつまでもこのままで良いんだろうか?」
漠然とした不安や焦燥感が押し寄せてくることがある
それは大抵 日曜の夜寝る前のほんの一瞬だったりして
普段は日々の忙しさの中でほとんど考えることはない
しかしうっすらとした灰色の靄が
心にじわじわと広がっていることを感じていた

✈︎ ✈︎
久しぶりに会う友人と空港でお茶をしながら
いつもの問いを投げかけてみた

「そんなのもちろん今の仕事がやりたいことに決まってるんじゃないの?
でなければ これだけがんばって続けられる訳ないと思う
神さまはちゃんと見てて応援してくれてるよ」

私の数々の苦労話をいつも聞いている彼女は
何を今さらと言わんばかりに 半ばあきれ顔で即答した

︎✈︎ ✈︎ ✈︎
友人の言う通りだ
いつも別の場所に何かを見つけようとしていたけれど
案外もう見つかっているのだ
日々の延長線上に このまま同じ道が続いていくのかもしれない
途中で違う道が現れるかもしれない
それはその時が来なければわからないこと

ただ楽しいだけの旅がしたい訳じゃない
時には望んでもいないアクシデントや災難に見舞われることもあるけれど
それも含めて自分だけの旅を存分に楽しみ味わいつくしたいのだ

だからもう探すのはやめよう
探すことをやめて
ただ一歩一歩私なりの歩みを進めていくだけ 今まで通り

神さまはちゃんと見ている
何より長年の友がもっとちゃんとみてくれているのだから

story#002  Cherry blossoms at night 夜桜

桜の季節が大好きだ
長い冬が終わり ようやくあたたかな春が来たことを確信させてくれる
うららかな春の日差しに輝いている桜はもちろん素晴らしいが
夜桜の魔力のような美しさにどうしても心惹かれる

✈︎ ✈︎
桜はその短い開花の時期を終えた後
夏にはすでに次の年に向けて花の芽を作りエネルギーを蓄え始めるそうだ
そして葉を完全に落とす秋から冬の初めにかけて成長を止め眠りに入り
その後 寒さにさらされるほどに春が近づいていることを感じ取り
眠りから覚め覚醒する

✈︎ ✈︎ ✈︎
今年の春 しばらくぶりに千鳥ヶ淵の桜を昼から夜にかけて楽しむことができた
昼間は白っぽい薄ピンクの楚々とした花びらは
夜のライトアップで濃いピンクやパープルにその表情を変えていく
月夜の闇は 桜の発するエネルギーをもはや隠し切れない
何か息苦しいような感覚が私に訴えかけてくる

何を急いでいるのですか?
ゆっくり時間をかけて準備をすればいいのです
まずはしっかりとエネルギーを蓄えて 次に迎える厳しい季節に備えること
でもその厳しさは もうすぐそこまで春が来ているという喜びの合図
その時がきたら 美しく咲き切るだけです
例えすぐに嵐が来ようと それに抗う必要はありません
花としてただ美しく咲こうという意思があればそれだけでいいのです
そしてまた同じことを繰り返していく
その循環が自然の摂理だから

お花見を楽しむ人々の賑やかな声が響く中
私は静かに桜から魔力を受け取った


story#003  旅の気配 (スコットランド アイラ島)

アイラ島の宿で合流した夜
二人とも流石に疲れていて ずいぶん早い時間に床に就くことにした
日本から持ってきたであろうパジャマに着替えているM君を見て少し意外に思った

「旅慣れているはずの君が わざわざ荷物を増やして家からパジャマを持ってくるとは
正直意外だったよ いつものパジャマでないと眠れないとかあるの?」
日中にも着回しているスウェットに身を包んで先にベッドに入っていた僕は
少しからかうように尋ねた

「いや そういうことではなくて むしろ逆かな
旅の気配をほんの少し日常に持って帰るためだよ」
特に大きな意味はなくて些細なことだけど という様子で彼は答えた

僕は思ってもみなかった彼の答えが
いや彼自身がとても大人っぽくて格好良いと感じていることを悟られないよう
「そうなんだ」
出来るだけさりげなく一言発するのが精一杯だった

✈︎ ✈︎
一人旅が共通の趣味であるM君
卒業旅行としてお互いスコットランド行きを計画していることがわかり
最終日程をウイスキーの聖地アイラ島で合流することにしたのだった

ウイスキーの蒸留所を巡り 心行くまで地元のパブのはしごを楽しんだ
実際それは素晴らしい体験となったのだが まだまだ大人になりきれていない僕にとって
ウイスキー・自然・人が織りなす最高のハーモニーを本当の意味で理解し
心底楽しめるのは果たして何年後 何十年後なのか全く見当もつかなかった

✈︎ ✈︎ ✈︎
あれから3年
社会人となった僕は現在の熟成度を確認するため2度目のアイラ島へ向かおうとしていた
M君は残念ながら日程が合わなかったけれど
あのとき帰国するやいなや買いに走ったパジャマをスーツケースに詰めて

to be continued・・・